BIOGRAPHY

2006年
7月23日  13時44分  ザ・モンキーズ結成!!

(結成メンバー、佐藤モトムVo.  牧野直英G. 小椋太郎B.(dancer) 柏木俊彦Dr.(handball))

その後「MAJI FUCK FESTIVAL '06」、 「RINJIN SUN FUCK FESTIVAL 2006 in EDO」、「Okinatimpo'06」
など数々の夏フェスにも出現も注目されず。途方に暮れる日々。

9月1日  キング・マサカツに師事。バンドから芝居に転向。

同日演劇第一弾!「コミック雑誌なんか要らない」とタイトル決定。頭脳警察の曲から拝借。

翌日 「キングマサカツとザ・モンキーズ出島ツアー!!」(全国33ヶ所)

都心部ではモンキーズの知名度が低い為、キングマサカツで活動する。

11月1日 稽古開始の予定を一週間延ばして貰う。(台本が書けない)

11月7日 稽古開始。雰囲気は最悪。(演出家も作家も大変と身にしみる)

11月25日 牧野直英が稽古場に来ない日々が続く。(役者は気ままなものと知る)

12月1日 裏作業に非常に時間を取る。小椋太郎狂い踊りの日々(ダンサーは気ままなものと知る)

12月3日 もう何がなんだか分からない。(この頃の記憶が本当にない)

12月5日 佐藤モトム頂き物の高級タコを小道具に使うと言い出す。(勿体無いが、本番のみ投げる為に使用)

12月9日 ポインティバル初日。柏木俊彦に必要以上の駄目出しをしたら脱毛。(以後、脱毛は続く)

12月10日無事終了と思ったら牧野直英が他の共演者に悪態をつく。(本気で焦った)

大晦日には「COUNTDOWN JAPAN 06/07」皆で行く予定が口約束に終わる。


2007年
3月15日 より名前を「キングマサカツとザ・モンキース」と改名。ズからスに変える。何も変わらない。

4月25日 キング「紙風船」芝居。 同日クロマニヨンズ「紙飛行機」シングル同時発売

昨年に引き続き数々の夏フェスに参加し、

8月15日戦争記念日「私たちは忘れない」(靖国ロードショー映画)27日鑑賞

9月12日には早くもセカンドシーズン「穴にまつわること」構想予定。

8月31日 小椋太郎脱退。(一身上の都合で)発表は9月13日。

9月19日からは全国ツアー「屍累々ツアー」も決定。最終日は12月12日〜16日で日本武道館の北方面にあるアトリエセンティオ

個人的に9月〜翌年2月まで狂うように芝居日程。なにが何だか分からない時期。(日記参照)

12月演劇第二弾!「穴があったら出たい」。センティオ占拠公演。タイトルは爆風スランプの曲から拝借。


2008年
1月4日渋谷O−EASTにてヴィジュアル系バンド「Mix Speaker's,Inc.」ライブ劇中芝居を演出(佐藤・牧野・小山は出演)

2月某日 勤めていた会社が倒産。 無念。

2月某日 芝居本番中お付き合いしていた女性の家を追い出される。無念。

6月某日 新しく勤めた会社不当解雇。無念。

8月某日 牧野上に同じく不当解雇。 無念。

11月某日 佐藤芝居の都合上久々のブリーチも髪危なし。無念。 

11月某日 小椋一日のみの公演復活。 イエーイ。

11月演劇第三弾!「愛の力コブ」。タイトルはCCBの曲から拝借。